厚労省の珍妙な解釈   ―墓埋法と自然葬―    解説

 厚労省健康局生活衛生課長が昨年(2004年)10月22日付文書「樹木葬森林公園に対する墓地埋葬等に関する法律の適用について」で北海道環境生活部長からの質問に以下のように回答しています。

 「墓地等の経営及び管理に関する指導監督については、地方自治法上の自治事務とされており、具体的事案に関する判断については、許可権者の裁量にゆだねられておりますが、一般的に言えば、地面に穴を掘り、その穴の中に焼骨をまいた上で、その上に樹木の苗木を植える方法により焼骨を埋めること、または、その上から土や落ち葉等をかける方法により焼骨を埋めることは、墓地、埋葬等に関する法律(昭和23年法律第48号)第4条にいう「焼骨の埋蔵」に該当するものと解されます」

 さらに、あるマスコミの自然葬についての取材にたいしてつぎのような説明(要約)もしています。

 「地表にまいた遺灰(焼骨)の上に土や木の葉をかぶせても埋蔵に当たる」

 厚労省はこれまで「自然葬は墓埋法の対象外」と明言しています。しかし、同省幹部OBが全日本墓園協会の役員に天下りしているせいでもないでしょうが、自然葬という新しい葬送形態を墓による旧い葬送形態の変種の一つとみなしているようです。自然葬は海か山などの自然に遺灰を還して大きな自然の循環の中に還ることを願うもので、古代からの伝統的葬法を生かすとともに墓地造成による環境破壊を防ぐことをめざしています。旧来の墓による葬送形態とはまったく次元の違う葬送形態です。

 厚労省は墓埋法の「埋葬」の定義「死体を地中に葬ること」、つまり土葬を拡大解釈して「焼骨の埋蔵」にまで広げているのです。

 しかし、法律の解釈として死体の「埋葬」と焼骨の「埋蔵」とを混同することは許されません。

 「埋葬」については、墓埋法5条1項で、行政の許可を得て行うことと定められているのに対して、「埋蔵」についてはそのような規定はありません。墓埋法は公衆衛生上の必要からできたもので、無害の焼骨は規制する必要はなく、墓に入れようが、家に保管しようが、まこうが、葬送としての節度をもってすれば本来自由なはずです。5条1項では、「火葬」には行政の許可を求めていますが、火葬後の「焼骨」の扱いには、行政の許可を求めていません。実際に、埋葬・火葬許可証は発行されますが、埋蔵許可証は発行されません。

 厚労省は「焼骨」を「埋蔵」する場所は「墓地としての墳墓」と解釈し、その延長線上に「穴を掘って土や落ち葉をかぶせる行為」を埋蔵とみなして禁止しているのでしょう。さらにそれを拡大延長して「地表にまいた遺灰(焼骨)の上に土や木の葉をかぶせても埋蔵に当たる」などという珍妙な解釈にまで発展したのでしょう。

 本会の「再生の森」での自然葬は、周辺との関係に配慮し、広い森の自然にあまり手を加えたりせず、山林全体を使ってもよいし、その中の1本あるいは数本の木の根っ子に粉末状にした遺灰をまいています。まいた遺灰の上に水をまいても土をかけることはありません。本会はスタート当初から慎重の上にも慎重を期してきました。変ないいがかりをつけられ足をひっぱられないようにしてきたのです。

 自然葬について、地面に穴を掘って焼骨を埋めるのは埋蔵に当たるから墓埋法違反と言うにとどまらず、地面に焼骨をまいて土をかけたり、木の葉を置くだけでも埋蔵に当たるから墓埋法違反などというのはおかしな解釈です。

 あるマスコミの論説委員は、「無害の焼骨だから穴を掘ろうが、土をかけようが実際には何の問題もない。むしろ遺灰をむき出しにしておくより土をかぶせた方がよいのに……同じことをしても樹木葬は墓地だから許されるというのも変な話だ。長沼町散骨禁止条例に従って墓地で焼骨をまいても、地下水が汚れて風評被害を招くという住民からの苦情が来るのは同じではないか」と首をかしげています。


 ―ルールと法律―

 人間社会には生活をするためのルール、礼儀、作法などの社会規範があります。人間としての条理、習慣にもとづくものもあります。法律は社会規範のひとつですが、特殊なもので権力による強制力を持っています。現在の市民社会では法律による規制は最小限でなければならないというのが常識です。

 長沼町の散骨禁止条例は強制力を持った法律です。町内で起きた一つ一つのトラブルは対立した両者の話し合いや調停者、助言者もまじえてのルールづくりで解決できますし、そうすべきです。

 葬送の自由は、現在の多様化した価値観や宗教感情を互いに尊重するところにあります。一方的な立場から、相手の立場を全否定するような場合に、往々にして紛争が生まれます。

 本会の自然葬に反対の方がいるのは当然です。科学的根拠がなくても感情的な反発というものはあります。それを配慮して本会は自主ルールをつくっています。

 例えば、海では、遺灰の粉末化、海岸でなく沖に、養魚場、養殖場を避ける、水溶性の紙に遺灰を包む、セロハンでまいた花束を禁じ、花びらだけにする―など。

 山(再生の森)では、山林全体を使い、こまぎれ分譲しない、遺灰を粉末化する、人家、施設から離れる、飲み水の水源地を避ける、庭の場合は隣家との話し合い―など。

 市民運動として自然葬に道を拓いた本会に続いて散骨ビジネスも広がりました。業者も節度あるルールという点では、ほぼ本会の自主ルールを踏襲しています。

 こうしたルールに沿って、自然葬に賛成、反対の双方の話し合いが行われ、譲るところは譲って折れ合うのが民主的な解決方法でしょう。どうしても決着しない場合は裁判に持ち込まれることもあります。

 ルールは即法律づくりと短絡的に早合点するのは禁物です。長沼町の散骨禁止条例は、トラブルをめぐって有効な話し合いもなく基本的人権である「葬送の自由」をいきなり否定するものです。包丁は家庭で自由に使える道具ですが、時に人を殺す凶器にもなります。危険だからといって包丁の使用を法律で規制して家庭で使えなくするのは愚です。

 「葬送の自由」を条例で規制するような愚を犯してはなりません。   (M)

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